「AIとか生成AIとか、最近よく聞くけど、うちみたいな古い会社には関係ない話でしょう」——そう思ったことはありませんか。取引先も同業者も昔ながらのやり方でやってきたし、正直、今のところ困ってもいない。それなら、わざわざ手を出す必要はない。そう考えるのは、決しておかしなことではないでしょう。
でも、ちょっとだけ立ち止まって考えてみてほしいことがあります。
それは、「古いかどうか」で判断していいのか、という点です。
実は、「関係あるかどうか」を古さで測ろうとすること自体が、そもそも見る場所を間違えているのかもしれません。
会社の古さと、足元の地盤はまったく別の話
古い建物を思い浮かべてみてください。築何十年の建物だからといって、それだけで倒れるわけではありません。しっかりした造りなら、古くても十分に使えます。
逆に、建物自体は新しくても、建っている地盤が緩んでいれば、話は変わってきます。
つまり、建物の古さと、その建物が建っている地盤の状態は、別の問題だということです。
会社も同じです。
「うちは古い会社だから」という発想は、建物、つまり自社の歴史ややり方の古さばかりを気にしていて、足元の地盤、つまり業界の構造や取引先の要求、競合の動きがどうなっているかを見ていない状態と言えます。
逆に言えば、多少年季の入った会社であっても、足元の地盤さえしっかり確認できていれば、それだけで十分やっていけるということでもあります。
怖がるべきは古さそのものではなく、地盤の変化に気づかないまま放っておくことなのです。
では、地盤にあたるものとは具体的に何でしょうか。
たとえば、取引先がどんな仕組みでの取引を求めてくるか、同業者がどんな効率化に動いているか、人手をどれだけ確保できるか——こうした業界全体の環境のことです。
これらは自社が古いか新しいかとは無関係に、常に少しずつ変わり続けています。
古いか新しいかではなく、見るべきなのは**「勘と経験に頼っている業務が、自社にどれだけあるか」という物差しです。**
「その人にしかできない仕事」ほど、実はAIに近い
たとえば、こんな製造業があったとします。長年、品質検査を熟練職人の目視だけに頼ってきた会社です。
その職人さんの目は確かで、これまで大きな問題は起きていません。
ところが、その職人さんが高齢で引退することになったとき、初めて気づくわけです。「同じ精度で検査できる人が、社内に他にいない」と。
これは特別な話ではありません。
経理や見積もりが「あの人にしか分からない」状態になっている会社、
受発注の細かい調整が特定の担当者の頭の中にしかない会社。
こうした「その人がいなくなったら止まる業務」は、古い業種・アナログな会社ほど、実は多く残っている傾向があります。
見積もりの金額感覚を例に挙げてみましょう。「このくらいの案件なら、だいたいこの値段」という感覚は、長年の経験を積んだ担当者の頭の中に自然と蓄積されていくものです。
それ自体は財産ですが、文書にも数字にも残っていない場合、その担当者以外は同じ判断ができません。
「うちは職人技や検査の話ではなく、接客や営業が中心の商売だから関係ない」と感じた方もいるのではないでしょうか。
しかし、対人商売こそ「あの人が対応すると、なぜか話がまとまる」「あの担当者でないと、お客様が納得しない」という形で、特定の人の経験と勘に強く依存していることが少なくありません。
たとえば、電話や窓口での問い合わせ対応を思い浮かべてみてください。
よくある質問への答え方、クレームになりかけたときの受け答え、常連のお客様の好みや過去のやり取りといった情報は、対応してきた担当者の頭の中にしか残っていない、ということがよくあります。
これも、ここまで見てきた「勘と経験への依存」とまったく同じ構造です。
自社の業務が当てはまるかどうか、簡単な目安を3つ挙げておきます。
・その業務のやり方は、紙やデータに書き出されていますか。それとも担当者の頭の中にしかありませんか ・その担当者が急に1週間休んでも、他の人が同じ精度で代われますか ・新人にその業務を教えるとき、「習うより慣れろ」以外の説明ができますか
この3つのうち2つ以上に「いいえ」がつくなら、その業務は勘と経験に強く依存していると考えてよいでしょう。良し悪しの話ではなく、まずは現状を把握するための問いです。
「うちは昔ながらのやり方だから」と思っている会社ほど、勘と経験への依存度が高く、AIとの距離が近いということが起こりうるのです。
ここで言うAIとは、何か大げさな最先端技術というより、特定の人の頭の中にしかない判断を、誰でも扱える形に残しておく、という発想に近いものだと考えてください。
職人の技をまるごとAIに置き換える、という話ではありません。判断の一部を記録に残す、基準を言葉にしておく、といった小さな一歩からで十分です。
全部を自動化しようとするから身構えてしまうのであって、まずは「頼りきっている部分がどこか」を洗い出すところから始めれば、そこまで大げさな話ではありません。
変化は、自社の中ではなく外側からやってくる
もうひとつ、見落とされがちな点があります。それは、変化のきっかけが自社の内側ではなく、外側からやってくるということです。
たとえば、何十年もFAXと電話だけで受発注を回してきた町工場があったとします。社内のやり方を変えるつもりは特になく、これまで通りで十分だと思っていた。
ところがある日、取引先の一社から「発注データはシステム連携でお願いします」と言われてしまう。
その瞬間、「うちはFAXで十分」という前提そのものが、自分の意思とは関係なく崩れてしまうわけです。
ここで挙げたのは受発注のシステム連携の話であり、AIそのものの話ではありません。
ただし、これまで人が判断・調整してきた業務を仕組みに預けていくという方向性は、AI導入についても同じ形で外側から迫ってくると考えられます。
AIを導入するかどうかは、本来自社が決めることです。でも、取引先の要求水準や同業者の動きといった周りの環境は、自社が変わらなくても静かに変わっていきます。
「困っていないから大丈夫」という判断は、あくまで今この瞬間の話であって、これから先も同じ条件が続くとは限りません。
多くの業種で人手不足が深刻になっているとよく言われます。
今は特定の担当者の勘と経験で何とか回っている業務も、同じ経験を積んだ人を次に採用できる保証はどこにもありません。人が採れない、育たないという状況が続けば、「困っていない今」がいつまでも続くとは考えにくいでしょう。
同じ「人に頼りきる」という課題は、実は採用や人手不足だけの話にとどまりません。
今の経営者が「このやり方で問題ない」と感じていても、将来会社を継ぐかもしれない次の世代が、同じやり方をどう見ているかは分かりません。
取引先や同業者の視線と同じように、次の世代の視線もまた、自社の外側から今のやり方を映し出す、もうひとつの鏡だと言えるでしょう。
仮に、後継者候補が「非効率なやり方をこのまま続けるなら、継ぐ自信が持てない」と感じていたとしても、本人からはなかなか言い出しにくいものです。
今のやり方をどう感じているか、一度率直に話を聞いてみる価値はあるかもしれません。
終わりに:まずは、見る場所を変えることから
ここまでの話を一言でまとめると、「古いかどうか」ではなく「勘と経験に頼っている業務がどれだけあるか」で考えてみましょう、ということです。
古い会社だから遅れている、ということではありません。
むしろ、長年やってきた会社だからこそ、大事な判断が特定の人の頭の中に積み重なっている、というだけの話です。見ている場所が、少し違っていただけなのです。
全社員がAIに詳しくなる必要も、専門の担当者を新しく雇う必要もありません。
まず経営者であるあなた自身が、「これは自社にとって考えるべき話かもしれない」と認識すること。今の時点で必要なのは、それだけです。
ここまでお伝えした物差しを、ぜひ一度、自社の業務に当ててみてください。経理、見積もり、検査、受発注、電話や窓口での問い合わせ対応——その中に「あの人がいなくなったら止まる仕事」がひとつでも思い浮かんだなら、それが自社にとってのAIとの距離です。
今すぐ何かを変えなければいけない、という話ではありません。
まずは自社の業務を思い浮かべながら、地盤の状態を確認しておく。そこに気づけたなら、あなたにはもう十分な判断材料があるはずです。
それだけで、これから先の判断は、ずいぶん変わってくることでしょう。
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